今から114年前の1892年、デヴィッド・アバークロンビー氏によって 「Abercrombie Co.」社が創業。プロの登山家、探検家向けのキャンプ用品や狩猟用品などを専門とした Abercrombie 1号店がニューヨークのダウンタウンにオープン。1900年、顧客のひとりだったエズラ・フィッチ氏が経営に参加し、1904年に 「Abercrombie&Fitch」に社名を改正するも、経営方針の違いから3年後にアバークロンビー氏が離脱。これを機に一般向けの アウトドア&スポーツショップへ転換、カタログショッピングもスタート、時のムービースターのクラークゲーブル、 キャサリンヘップバーン、ビングクロスビーを始め、文豪ヘミングウェイやルーズベルト、ハーディング、アイゼンハワーそして ケネディなどの歴代大統領までがアフターファイブのスポーツシーンで愛用するブランドとして大成功、その業績は戦後60年代まで 好調期が続く。
70年代に入ると新興チェーンストアの進出で郊外店の拡大に失敗、ブランドの訴求力も衰え、 業績が低迷した結果、1977年に経営が破綻。数社から支援を受けるも再建できず、ついにエクスプレスや ヴィクトリアシークレットなどを手がけるアメリカ最大手のリミテッド社が買収した。
リミテッド社の傘下となった全26店舗はその後も売上低迷が続き、1992年当時アパレル業界の コンサルタントだったマイケル・ジェフリー氏がCEOに就任、従来のアダルト向けから若年層向けの アメカジブランドへ大きくターゲットを転換。ソーイング技術とその生産拠点までも革新するなど、 様々なアイディアを駆使したヴィンテージカジュアルが誕生。瞬く間にキャンパスエイジの人気ブランドとして 急成長、わずか3、4年で250店舗に拡大し、見事に復活した。
この成長期にリミテッド社がスピン・オフに転じ、全持ち株を売却したことで20年ぶりに Abercrombie&Fitch 社が自立。これを契機に同じコンセプトのトゥイーンズ世代向けブランド 「abercrombie」をリリース。凍結していたカタログショッピングの再開、インターネットへの展開にも 着手するなどマルチな収益基盤を拡充。またマーケットのインパクトをねらったプロモーションも 独創的で、美青年を使ったホモセクシャルなカタログを発行、その制作に写真家のブルース・ウェーバーが 一躍を担ったことで話題になったが、行き過ぎたエロスとして社会問題となり、2003年には休刊。以降も 表現の自由としたTシャツのデザインや雇用条件などに人種差別を指摘されるも、若者の人気は止まらない。
2000年に入り、急速な多店舗化による陰りを払拭するかのように、ウェストコーストのサーフシーンをイメージした 個性派仕立てのブランド「Hollister Co.」がリリース。これがまたも爆発的なヒットとなり、アバクログループは確固たる 地位を構築したが、その改革を留めることなく本来のアバクロのオリジンである都会派アダルト志向を強化するために グッチグループからロバート・シンガー氏がCEOに就任、ラグジュアリーデザイナーも補強され、A&Fのアダルト向け カジュアルラインで「Ezra Fitch」 をリリース、新ブランドとしては「RUEHL No.925」 を立上げ展開中である。
2005年、その勢いは海外進出に向けられ、日本法人ANFが設立。ロバート氏の盟友だったグッチ・ジャパンCEOの 田代俊明氏が代表取締役に就任したが、同年8月にロバート氏が退任、次いで12月に田代氏も解任となり、計画は 凍結となった。現在アバクログループは全米で約800店舗、同年1月期の売上は約20億2,100万ドルのメガヒットブランドに 成長。2006年も新しい魅力に迫りたい。